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松商学園歴史栄光室

歴史栄光室の目的と意義

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松商学園は明治31年の木澤鶴人に始まり、米澤武平に引き継がれ、今井五介を始めとする片倉一族の財政的支援と、地域の人々の暖かい理解に支えられてきた。家塾風授業から商業教育・普通教育・高等教育と歩みを進め、時代の変化に応じて短期大学・大学・中等教育学校も加わり、明治・大正・昭和・平成と4つの時代110余年にわたり「自主独立」を掲げて発展してきた。

松商学園歴史栄光室は、学園に関わる歴史的な資料を一堂に集め、あらためてその歴史を振り返り、未来に向かってさらに一層の発展に役立つことを目的とする。卒業生には懐かしい思い出の場所に、また在校生には先人の活躍に励まされる場所に、また地域の人々にはより理解を深めていただく場になれば幸いである。

1階ロビーコーナー

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木造校舎正面玄関から入った1階ロビーには、歴代法人代表者・学園長・学長・校長の一覧と、昭和11年の木造校舎建設記録写真・校章の変遷・県町時代の松商学園短期大学の写真などが展示されている。階段を上ると正面上方にステンドグラスがあり、続く壁には学園ゆかりの画家の油絵がかかる。

2階歴史栄光室

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2階に上ると、左側2教室分が歴史栄光室になっている。プロローグでは、校章と上條信山の「自主独立」の書、高野辰之の自筆校歌が出迎え、室内には壁面・展示台・ケースなどに200余点の資料を始め、学園や野球関係の書籍・雑誌・新聞が並んでいる。

展示形式

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常設展示

学校の歴史・野球部の歴史・クラブ活動の歴史・歴代優勝旗・地歴部の土器と土偶コーナー・商業教育コーナー・松南高校コーナー・図書資料コーナー

企画展示

教育・クラブ・学生生活・人物等テーマごとに随時開催

見学について

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入場料無料
見学希望の方は事前に電話予約が必要です(特に定めた日を除く 歴史栄光室の開室日についてはお問い合わせ下さい。 問い合わせ先 松商学園高等学校 0263-33-1210

見どころいっぱいの各展示コーナー

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歴史栄光室に展示されている貴重な品々を通して、明治・大正・昭和・平成と信州における私立学校の歴史や商業教育の歴史を、野球やスポーツの歴史を、さらに松本地方の社会・世相史の一端を知ることができる。

学校の歴史

今井五介肖像画
今井五介の孫の今井正人氏から寄贈を受けた五介の肖像画には「今井五介翁寿像 中川紀元謹写」とある。中川紀元は長野県出身の画家で、出身地の辰野美術館には多くの作品が収蔵されている。この絵は五介の娘の熊谷たけさんが所有していたもので、たけさんが亡くなり、正人さんが預かっていたもの。ふさわしい場所にということで松商学園が思い浮かび寄贈の運びとなった。

戊戌学会名簿 114年前の資料

明治31年8月16日と墨書された表紙をめくると、入塾生の氏名が並んでいる。金庫の中の学園の資料とともに収められていたもの。

明治15年発行の英語の蔵書

「稀覯本につき保管」との文字の記された封筒に入って、校長室から出てきた。中には「日本学院校長木澤鶴人」の文字。木澤が戊戌学会を開く前に東京で立ち上げた学校である。木澤鶴人の東京での様子を知る貴重な資料である。

誕生期の松本戊戌学会学則

平成21年4月、松本市内古書店から「明治時代の松本戊戌学会の学則が出てきた」との連絡があり、寄贈を受けたもの。初期の松本戊戌学会の様子がわかる。

野球部の歴史

80年以上も前のバット2本
1本は大正13年のバットで、伊藤元基投手が全国大会で決勝まで進み、準優勝したときのもの、伊藤教孝氏から寄贈をうけた。もう1本は昭和4年、元早稲田大学野球部監督で学生野球の父とも呼ばれた飛田穂洲から寄贈され、グリップには「雪辱」の文字が刻まれ、野球関係者の座談会の話の中に出てきたバット。今回校用技師室の地下倉庫からケースに入ったままで出てきた。

バットの折れた記念の打者像復活

打者像は昭和9年にもらったブロンズ製、折れたまま展示するわけにもいかず、家具工房を営む須藤さんに修復を依頼。古い写真の中からバットの写っているものを見つけ、長さと太さと角度を割り出し、硬式野球部の高山先生から生徒の使っていたバットを譲り受け、そこからアオダモの部材を削り出し、形を整えて何度も色を塗り重ね、質感も本体と見分けが付かないほどになった。記念の打者像が現在の野球部員のバットでよみがえった。

昭和17年幻の甲子園出場

野球部は大正2年発足し、今年で創部99年になる。本校で最も古いクラブである。全国大会出場は全国最多の35回を数えるが、出場回数に入っていない大会が1回ある。昭和16年は戦時下であることを理由に中止になったが、翌年は戦意高揚のため大日本体育振興会の主催で復活した。しかし主催者が異なるため、現在の夏の甲子園大会の回数には数えられていない。当時のマネージャーだった宮坂真一氏(長野県高等学校野球連盟参与)から戦士章・プログラムの寄贈を受けた。

中島治康コーナー

野球の殿堂と同じ中島治康レリーフ
日本のプロ野球史上初の三冠王で巨人軍の監督も務めた中島治康について、学校内には関係資料は少なかったが、藤原理事長が上京した際、東京ドームの中にある野球体育博物館を訪れて、野球界の功労者を讃える野球の殿堂に飾られているレリーフのレプリカの作製の許諾を受け、完成したものは松商学園京浜校友会が寄贈することになった。中島治康については今年3月長野県立歴史館が刊行した『信濃人物伝』にも取り上げられている。

展示台および優勝旗展示コーナー

劣化を防ぐアクリルのケースに入れて
野球部を始めとする各クラブの優勝旗は 以前は法人役員室のガラスケースに収められていたが、今回すべて整理をした。ものによっては甚だしく劣化が進み、触るそばから破れていくものもあったが、甲信大会優勝旗と全国中等学校優勝野球大会優勝旗はアクリル板で抑えてさらにケースに収め、平成3年の準優勝旗はアクリルケースに収める方法で展示。他は強化ガラスケースに収めた。

土器・土偶コーナー

画家岡本太郎も感心した立体土偶
今まで図書館の奥のガラスケースの中にあったもの。昭和30年代の後半、本校地歴部が専門家の指導を受けながら波田の葦原遺跡から発掘したもので、とくに土偶については高い評価を受けて各種図鑑・美術書等に掲載され、博物館にも貸し出されてきた。また、当時の発掘の様子を撮影した8ミリフィルムも6本出てきたため、今後DVD化して公開することも検討中。

松本松南高等学校コーナー

埋橋の地の歴史をしのぶ
学校法人松本松南高等学校は、平成20年に学校法人松商学園と合併し、平成22年に学校は閉校したが、玄関横にあった初代理事長である三代片倉兼太郎と初代校長小口幸一のレリーフを校歌、校旗とともに歴史栄光室に収めた。埋橋の地は、元松本商業学校のあったところ。三代片倉兼太郎は財団法人松本商業学校総務理事(現在の理事長)を務めた。そして新たに松本秀峰中等教育学校が誕生した。

図書・資料コーナー

三代澤本寿 型絵染四曲屏風
三代澤本寿 (みよさわ もとじゅ) 1909-2002 型絵染作家。松本市生まれ。松本商業学校入学。芹沢銈介に出会い民芸に強くひかれ、その後柳宗悦らとの交流を深め、草木の染料で和紙に染色する技法を開発して屏風やパネルなどを制作、地方での民芸思想の普及につとめた。平成22年、松本市美術館で「三代澤本寿展」が開かれた。

視聴覚コーナー

ここは木造校舎一部解体に伴って取り外された階段部分の部材を復活させて作られた。学園の周年記念で製作されたビデオや甲子園大会の様子を見られるように順次整備していく予定。

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